
この記事の要点
- 01SAPは、中堅中小企業にもクラウド版を案内している。大企業だけの製品ではない
- 02クラウド版は、用意された標準の業務プロセスに自社の業務を合わせて使う。筆者の見立てでは、合わない業務が一つも出ない導入はまず無い
- 03合わせられない業務を、やめる・寄せる・外で受ける・拡張するのどれにするかを先に決めた会社が、短い期間で入れやすいと筆者は考える
目次6項目
SAPには、大企業が何年もかけて入れるもの、という印象があります。中堅企業の経理や情報システムの担当者から見ると、費用も体制も自社には重すぎるように見えます。
SAPは、中堅中小企業にもクラウド版を案内しています。この記事では、SAP S/4HANA Cloud Public Editionをクラウド版と呼びます。標準の業務プロセスがあらかじめ用意されていて、それに自社の業務を合わせて使う製品です。合わない業務が一つも出ない導入は、まず無いと筆者は見ています。その扱いを導入の前に決めた会社が、クラウド版を短い期間で入れやすい、というのが筆者の考えです。
SAPは大企業向けか:中小企業・中堅企業も対象。導入企業の規模別の数字は公表が見当たらない
「SAP 導入企業 規模」と検索する人が知りたいのは、自社の規模で入れてよい製品かどうかだと思います。SAPの導入企業の規模別の割合は、公表された数字が見当たりません。分かるのは、SAP自身の位置づけです。
SAPは、クラウドERPの案内で、中堅中小企業を含むあらゆる規模の企業に対応するとしています。財務、サプライチェーン、人事のどれかから始め、必要に応じて機能を足していける、という説明です。国内の中堅・成長企業の導入事例も、同じページで紹介されています。
SAPジャパンは2024年6月、中堅中小企業を対象にした「クラウドERP導入塾」を始めると発表しました。初回はITプロフェッショナルサービス業界向けで、ほかの業界にも順に広げるとしています。SAP S/4HANA Cloudの導入を希望する会社と、導入を支援するパートナー企業が一緒に参加する、集合形式の研修とワークショップです。中小企業のSAP導入を、SAP自身が後押ししていることがうかがえます。
同じ発表は、導入がスムーズに進まない理由にも触れています。業務を合わせるためのプロセスが不足していて、標準に合わせる進め方(Fit to Standard)が進まないことが課題だ、という指摘です。SAPが挙げているのは、提供のしかたの課題です。筆者は、発注側にも同じ課題があると見ています。標準に合わせるための決め方が、社内に用意されていないことです。
標準に合わせる進め方が進まない理由は、提供する側と発注する側の両方にある

中堅企業の選択肢:筆者がまず検討を勧めるのはクラウド版
S/4HANA Public Cloudは、用意された業務プロセスに合わせて使う
SAP S/4HANA Cloud Public Edition(S/4HANA Public Cloudとも呼ばれます)は、SAPが運用するクラウドの上で使うERPです。SAPはいま、この製品を「SAP Cloud ERP」の名前で案内しています。製品ページは、特徴を次のように説明しています。
- 業種ごとのベストプラクティスを取り入れた業務プロセスが、事前に設定されている
- 利用料を期間ごとに払うサブスクリプションの形をとる
- アップデートはSAPが管理する
- 用意されたAPIを使って、ほかのシステムとつないだり、機能を足したりできる
自社でサーバーを持たず、更新もSAPが行います。情報システム部門の人数が限られる会社には、合いやすい形です。その代わり、製品の中身を自社の業務に合わせて作り替える余地は小さくなると筆者は見ています。
そのほかの選択肢は、作り込みの自由と引き換えに重くなる
SAP S/4HANAには、ほかに、会社ごとに環境を持つプライベートクラウドの形と、自社の設備で動かすオンプレミスの形があります。プライベートクラウド版について、SAPの製品ページは、インフラからアプリケーションまでの管理をSAPが引き受けると説明しています。自社のプロセスに合わせたカスタマイズができることも挙げています。オンプレミスは、基盤も更新も自社で持つ形です。どちらも、作り込める分だけ、上げるときの確認の作業が増えると筆者は見ています。どこまでが契約に含まれるかは、契約ごとに確かめてください。提供形態ごとの費用の考え方は、SAP導入の費用の記事で扱っています。
| 提供形態 | 更新の担い手 | 業務への合わせ方 | 中堅企業から見た重さ |
|---|---|---|---|
| パブリッククラウド(Public Edition) | アップデートはSAPが管理する | 標準の業務プロセスに自社を合わせる。足りない分は、用意された拡張の仕組みやAPIで足す | 基盤と更新の負担が小さい。業務を変える負担が大きい |
| プライベートクラウド | 基盤からアプリケーションまでの管理をSAPが引き受ける。範囲は契約で変わる | 標準に合わせるのが基本。自社のプロセスに合わせたカスタマイズもできる | 作り込める分、確認の作業と費用が増えやすい |
| オンプレミス | 基盤も更新も自社 | 同上 | 基盤の運用まで自社で持つ |
表 提供形態の違い。Public Editionの説明は出典2、プライベートクラウドの説明は出典6による。オンプレミスの行と「中堅企業から見た重さ」の列は筆者の整理で、範囲は契約で変わる。
作り込める余地が広がるほど、上げるときの確認の作業は増える

ポイント
クラウド版で軽くなるのは、基盤と更新の負担です。業務を標準に合わせる負担は、発注側に残ります。
合わせられない業務の扱いは、4つから選ぶ
標準の業務プロセスを実際の画面で確かめると、自社のやり方と合わない箇所が見つかるのが普通だと筆者は見ています。SAPの導入方法論であるSAP Activateも、事前に設定されたプロセスに適合するかを分析し、ギャップを特定して、必要な拡張を決める段階を置いています。
合わない箇所が見つかったときの扱いは、筆者の整理では4つです。
合わない業務の扱いは4つ。どれにするかを、導入の前に決めておく

合わない箇所は、見つかってから悩むより、扱いの選び方を先に決めておく。
IPA(情報処理推進機構)の「超上流から攻めるIT化の原理原則17ヶ条」は、発注者の行動規範として、業務パッケージを採用する場合はカスタマイズを前提としないことを挙げています。筆者は、クラウド版ではこの原則が製品の前提になっていると見ています。
標準に合わせる前提で、経理が先に決めることは6つある
会計から先に入れる場合を例に、標準に合わせるうえで経理が導入の前に決めておくことを挙げます。販売や購買でも、考え方は同じです。
| 論点 | 決めること | 決めないと起きること |
|---|---|---|
| 勘定科目 | いまの勘定科目を、標準の勘定科目表にどこまで寄せるか | 科目の対応づけで、要件定義が長引く |
| 管理会計の軸 | 部門別、製品別など、どの単位で損益を見るか | 見たい数字が出せず、表計算での集計が残る |
| 社内の帳票 | 法定でない帳票のうち、やめられるものはどれか | 帳票の数だけ、標準で足りない要件が増える |
| 承認の流れ | 金額や部門ごとの承認の段階を、標準の形に合わせられるか | 承認の例外を再現するための設定と確認が増える |
| 月次決算の手順 | 締めの順序と、締め切る日 | 新しいシステムで、古い順序の決算を続けることになる |
| 周辺システム | 経費精算や販売管理など、残すシステムとつなぐ範囲 | 連携の本数が、見積もりのたびに変わる |
表 経理が先に決める論点。筆者の整理。
差を見つける前に、扱いの決め方を決める

クラウド版の導入で先に決めるのは、製品の機能より、合わない業務の扱い方になる。
SAPジャパンは、先の導入塾の発表に、ERP導入プロジェクトでは経営層の参画が不可欠だと書き添えています。筆者は、標準に寄せるか、拡張を認めるかを、現場だけでは決められないからだと考えています。経営会議で決めることは、SAP導入の構想策定の記事にまとめました。
注意
「クラウド版なら早く安く入る」という説明だけで決めないでください。早さの前提は、業務を標準に合わせることです。合わせる判断が遅れると、その分だけ導入も延びると筆者は見ています。
向く会社と向かない会社は、規模より、標準に合わせる覚悟で分かれる
クラウド版が合うかどうかは、会社の大きさより、標準に合わせる覚悟で分かれると筆者は考えています。
| 向く会社 | 向かない会社 | |
|---|---|---|
| 業務の進め方 | 他社と差がつかない業務は、標準に合わせてよいと経営が決めている | いまのやり方を変えないことが、導入の条件になっている |
| 決める体制 | 合わない業務の扱いを決める人が決まっている | 部門ごとの要望を、そのまま要件として集めている |
| 情報システムの体制 | 基盤の運用に人を割けない。更新は任せたい | 自社の設備で動かし、更新の時期を自社で決めたい |
| 独自の業務 | 独自の業務は少ないか、SAPの外で受けられる | 独自の業務が中心で、ERPの中に作り込みたい |
表 クラウド版が向く会社と向かない会社。筆者の整理で、どちらかに当てはまれば必ずそうなる、という意味ではない。
向かない側に当てはまる会社が、SAPを入れられないわけではありません。プライベートクラウドやオンプレミスの形を選ぶか、先に業務の見直しを進めることになります。導入全体の流れは、SAP導入の進め方の記事に整理しています。
向き不向きを分けるのは、会社の大きさより、標準に合わせると経営が決めているかどうか

Never Redは、SAP S/4HANA Cloud Public Editionの会計領域の導入を支援しています。標準に合わせる判断の整理から、設定、テストまでを当社のメンバーが担います。Public Cloudの導入の事例はプロジェクト事例に、支援の範囲はSAP導入支援に載せています。
ポイント
クラウド版が合うかどうかを分けるのは、会社の大きさより、標準に合わせると経営が決めているかどうかです。
まとめ
- SAPは、中堅中小企業にもクラウド版を案内している
- クラウド版は、用意された標準の業務プロセスに、自社の業務を合わせて使う
- 合わない業務の扱いは、やめる、標準に寄せる、外で受ける、拡張するの4つ
- どの扱いを誰が認めるかを、差を洗い出す前に決めておく
- 経理は、勘定科目、管理会計の軸、帳票、承認、決算の手順、周辺システムを先に決める
よくある質問
- 中堅企業や中小企業でも、SAPを導入できますか。
- 導入できます。SAPは、中堅中小企業にもクラウド版を案内しています。導入できるかどうかより、業務を標準に合わせる判断を社内でできるかどうかが分かれ目になると筆者は考えています。
- SAPの導入企業は、どのくらいの規模の会社が多いですか。
- 規模別の割合は、公表された数字が見当たりません。SAPのクラウドERPの案内には、国内の中堅・成長企業の導入事例が紹介されています。
- クラウド版の導入には、どれくらいの期間と費用がかかりますか。
- 一律の目安は示せません。対象の領域と会社の数、標準に合わない業務の件数、周辺システムとの連携の本数で変わるからです。見積もりの前提のそろえ方は、SAP導入の費用の記事で扱っています。
- クラウド版では、追加開発はできませんか。
- SAPの製品ページは、用意されたAPIを使って、ほかのシステムとつないだり、APIの上に機能を足したりできると説明しています。筆者の理解では、製品の中身を自社用に作り替える使い方は前提にしていません。拡張の手段は版と契約で変わるので、提案を受けるときに確かめてください。
中堅企業のSAP導入や、クラウド版が自社に合うかどうかのご相談は、お問い合わせからお寄せください。
出典
- 中堅中小企業を含むあらゆる規模の企業への対応、財務・サプライチェーン・人事から始めて機能を足していけること、国内の中堅・成長企業の導入事例の紹介:SAP Japan「SAP GROW」
- SAP S/4HANA Cloud Public Editionの説明(事前設定済みのプロセス、サブスクリプションベースのモデル、アップデートはSAPが管理、APIによる統合と構築):SAP Japan「SAP Cloud ERP」(SAP S/4HANA Cloud Public Editionの製品ページ)
- 中堅中小企業向け「クラウドERP導入塾」の開始、Fit to Standardが進まないという課題、経営層の参画が不可欠であること:SAPジャパン「SAPジャパン、中堅中小企業向け『クラウドERP導入塾』を開始」(2024年6月29日)
- SAP ActivateのExploreフェーズ(事前設定されたプロセスの標準適合分析、ギャップの特定、必要な拡張の決定):SAP Japan「SAP Activate」
- 原理原則[7]の発注者の行動規範「業務パッケージを採用する場合は、カスタマイズを前提としない」:独立行政法人情報処理推進機構(IPA)「超上流から攻めるIT化の原理原則17ヶ条」
- プライベートクラウド版の説明(インフラからアプリケーションまでの管理をSAPが引き受けること、自社のプロセスに合わせたカスタマイズ、clean coreに沿った拡張):SAP Japan「SAP Cloud ERP Private」
CONSULTATION
SAP導入・S/4HANA移行のご相談
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