
この記事の要点
- 01SAPで処理が速くなっても決算早期化が進まないのは、日数が作業の並び順と承認の待ち時間で決まるから
- 02止まる会社の共通点は、手作業のころの順序、日程表にない承認待ち、確定を待つ前提の3つ
- 03最初に1か月分の締めを測り、作業時間と待ち時間を分けてから、順序と基準を決め直す
目次7項目
SAPを入れて、仕訳の入力も集計も速くなった。それなのに決算早期化は進まず、月次決算の日数は導入前とあまり変わらない。早く締まれば当月の数字を経営会議で使えるのに、その効果が出ていません。
筆者の見るかぎり、原因の多くはシステムの処理速度にありません。決算の日数を決めているのは、作業をどの順に並べているかと、人の確認や承認を待っている時間です。SAPは一つひとつの処理を速くしますが、並び順と待ち時間は、導入しただけでは変わりません。 だから最初の一手は、設定を変えることより、1か月分の締めを測ることです。決算早期化の進め方の全体像は決算早期化の実装支援にまとめているので、ここではSAPを入れた会社の決算早期化に話を絞ります。
決算の日数を決めるのは、処理の速さより作業の並びと待ち時間
決算の作業には、前の作業が終わらないと始められないものが連なっています。債権債務の残高が固まらないと総勘定元帳を締められない。費用が出そろわないと配賦を流せない。この連なりのうち一番長い経路をクリティカルパスと呼び、その経路上の作業時間と途中で生まれる待ち時間の合計が、締めの日数になります。SAPが短くするのは、経路に並んだ個々の処理の時間です。
S/4HANAには、締め作業を管理するための機能が標準で含まれています。SAP S/4HANA Financial Closing cockpitです。SAPのヘルプでは、決算作業の計画、実行、監視、分析を支える機能と説明されています。作業ごとに担当者、予定時間、先行する作業を持ち、クリティカルパスや処理の順序を図で示すモニタもあります。作業の間に依存関係を設定すれば、先行する作業がエラーなく終わるまで、後続の作業は予定も実行もできません。
裏を返すと、この機能は決めた順序を守らせる道具です。順序そのものを考えてはくれません。手作業のころの順序をそのまま登録すれば、その順序が忠実に再現されます。
締めの日数を決めるのは、最も長い経路の作業時間と、その途中の待ち時間
ある月の締め(作業の並びと長さは例示)
← 図は横にスクロールできます →
同じ締めを、長さだけで比べる
SAPを入れただけで縮むのは、濃い部分(作業時間)。日数を縮めたいなら、赤い経路の上に並んだ待ち時間を縮める。
ポイント
- 手作業のころの順序を、そのまま締めの機能に登録しない。
- 依存関係のうち、前の作業の結果が本当に要るものと、慣習で待っているだけのものを分ける。
締めの順序が、SAPを入れる前のまま残っている
最初に疑うべきは、締めの段取りそのものです。会計期間を全勘定で一斉に開け閉めしているため、締めの途中にも得意先や仕入先の勘定に転記が入り、確かめた残高を確かめ直すことになる。すべての費用が確定してから配賦を流す。会社間の取引は、月末にまとめて照合する。いずれも手作業のころには無理のなかった段取りです。
SAPには、この順序を組み替える手段があります。会計期間のオープンとクローズは、勘定のタイプや勘定の範囲ごとに分けて設定できます。SAPのヘルプは、残高確認を終えた得意先と仕入先の勘定を総勘定元帳より先に締め、それ以降の転記を止める使い方を例に挙げています。確かめ終えた数字が動かなくなれば、後の作業を手戻りなく進められます。会社間取引についても、SAPは会社間照合の機能(ICMR)の使い方として、日ごろから照合して差異をその都度解消し、月末には照合結果を承認に回して締める流れを示しています。月末に集中していた作業を、月中へ移せるということです。
グループ会社で、管理会計の集計の単位である管理領域を共有している場合は、もう一段の注意が要ります。SAPは、共有する管理領域の管理会計の締めは財務会計の締めが終わってから実行でき、全会社コードの管理会計の締めは同時に行うことを勧める、と説明しています。
注意
全会社コードの管理会計を同時に締める運用では、財務会計の締めが1社でも遅れると、管理会計の締めはその1社を待つことになります。親会社だけを速くしても、グループの締めは縮みにくい。子会社の締め日程をそろえることも、早期化の対象に入れてください。
承認待ちとSAPの外の作業が、決算の日程表に載っていない
日程表を開くと、並んでいるのは作業だけで、待ちはたいてい書かれていません。ここに落とし穴があります。
S/4HANAには、一般仕訳(総勘定元帳に直接入力する仕訳)を転記する前に承認を通すワークフローがあります。申請者が仕訳を作って提出すると承認待ちになり、承認されれば転記されます。承認者が差し戻せば、申請者が直して出し直す。承認者が保留にすれば、指定した時刻まで待ちの状態に置かれます。差し戻しが一回あるたびに、その往復の分だけ締めが延びます。
手当てとして、承認が要る仕訳の基準(金額や勘定)を事前に決めておく。締めの期間は承認の時間枠を決め、承認者が不在のときの代理を置く。差し戻しの理由を記録し、翌月までに入力のルールを直す。統制に必要な承認は残したまま、待つ時間を縮める工夫です。
日程表に載らないのは、承認待ちだけではありません。データをSAPから表計算ソフトに出して加工し、結果を戻す作業もそうです。この作業はSAPの外で起きるので、締めの機能の監視も届きません。どこで何時間かかっているのか、誰も把握していないことがあります。
ポイント
- 日程表に「待ち」の行を足す。承認待ち、データ待ち、担当者不在を作業と同じ粒度で書く。
- 表計算ソフトでの加工作業も、SAPの外の作業として日程表に載せる。
- 書き出した待ちごとに、縮める担当者を決める。
「確定するまで待つ」が締めの前提になっている
請求書の到着、在庫の数量、原価計算の結果。前の工程の確定を待って締めを止めていると、日数は一番遅い工程で決まります。周辺システムや、SAPを使っていない子会社からのデータ待ちも同じ構図です。
どこまでなら見積もりで計上し、翌月に差額を調整するのか。この重要性の基準を決めるのは経理部長とCFOです。S/4HANAには、購買発注をもとに見越計上の金額を計算して転記する機能(購買発注の見越/繰延)もありますが、使うには多くの設定が要り、どの程度の差までを見積もりで締めるかという基準は、設定では決まりません。基準がないまま早期化を目指すと、現場は「確定を待つ」以外の判断ができなくなります。
どの共通点も、使える道具はSAPにある。順序と基準を決めるのは人
3つとも、道具はSAPの中にある。足りないのは、順序と基準を決める人の判断。
手を打つ前に、作業時間と待ち時間を分けて測る
手を打つ前に、1か月分の締めを測ってください。決算の作業ごとに、開始と終了の時刻、それから前の作業が終わってから次の作業が始まるまでの時間を記録します。作業時間と待ち時間を分けて並べると、どこを縮めれば日数が縮むのかが見えてきます。記録の項目は、次の5つで足ります。
| 記録する項目 | 中身 | 分かること |
|---|---|---|
| 作業名と担当者 | 締めの作業ごとに1行 | 誰の作業が連なっているか |
| 先行する作業 | この作業を始める前に終わっている必要がある作業 | クリティカルパスの形 |
| 開始と終了の時刻 | 実際に手を動かした時間 | 作業時間 |
| 先行作業の終了から開始までの時間 | 待っていた時間 | 待ち時間の大きさ |
| 待った理由 | 承認待ち、データ待ち、確定待ち、担当者不在など | どの手当てが効くか |
測ったら、待ちの長い箇所から直します。まず順序を組み替える。次に、承認の基準と、見積もりで締める基準を決める。最後に、それをSAPの設定に落とします。会計期間の開け閉めの分け方、締めの機能に登録する依存関係、承認のワークフローです。設定から先に手をつけると、古い順序をSAPに登録し直すだけで終わります。
直す順番は、測る、組み替える、決める、設定する。設定から入ると古い順序が残る
直す順番
逆にすると
設定は最後に回す。先に手をつけると、古い順序をSAPに登録し直すだけで終わる。
追加の開発より先に、順序と基準を決め直す
筆者は、SAPを入れた会社の決算早期化では、追加の開発より、順序と基準を決め直すほうが効くことが多いと考えています。締めの機能も、会計期間の設定も、承認のワークフローも、道具はすでに手元にあるからです。決算の順序と承認の基準は、本来はSAPの導入や更改の要件定義で決めておくべき項目でもあります。S/4HANAへの移行を控えている会社なら、いまの順序を新しいシステムに写す前に見直す機会があります。移行で決めるべき論点の全体は、SAP 2027年問題の記事で整理しています。
まとめ
- SAPを入れても締めが縮まらないのは、作業の並び順と待ち時間が変わっていないから。
- 止まる会社に共通するのは、手作業のころの順序、日程表にない承認待ち、確定を待つ前提の3つ。
- 1か月分の締めを測り、待ちの長い箇所から順序と基準を決め直し、最後にSAPの設定に落とす。
Never Redの支援では、まず締めの日程表を一緒に書き出します。会計の設計とSAP FI(財務会計)の設定を分けずに扱えるので、順序や承認基準の見直しを、そのままSAPの設定まで落とし込めます。進め方は決算早期化の実装支援とSAP導入支援に、SAPの会計導入で当社が担う範囲はSAP会計(FI/CO)の導入支援にまとめています。導入済みのSAPで財務会計の使い方を見直した事例はSAP導入事例で、事業の全体は事業紹介でご覧いただけます。
よくある質問
Q. SAPのようなERPを入れれば、すぐに決算早期化できますか。 入れただけでは縮まないことがあります。個々の処理は速くなりますが、日数は作業の並び順と待ち時間で決まるからです。何日縮むかも一律には決まりません。まず1か月分の締めを測り、どこに時間がかかっているかを確かめてから見積もるのが確実です。
Q. 決算早期化は、何日を目標にすればよいですか。 上場会社なら、東京証券取引所の要請が一つの目安です。東証は、通期の決算発表を期末後45日以内に行うのが適当で、30日以内がより望ましいとしています。月次決算は、経営会議で数字を使う日から逆算して決めるのが実務的です。
Q. Financial Closing cockpitは、別に用意する必要がありますか。 SAPのヘルプでは、S/4HANAのソフトウェアコンポーネント(S4CORE)の一部として、S/4HANAと一緒に提供されると説明されています。使うには設定が必要です。契約上の扱いは、SAPか販売会社に確かめてください。
Q. 承認の待ち時間を縮めると、統制が弱くなりませんか。 縮めるのは待つ時間で、承認そのものではありません。承認が要る仕訳の基準、承認の時間枠、不在時の代理を決めておけば、統制に必要な承認を残したまま日数を縮められます。
締めの日程表づくりから相談したい場合は、お問い合わせからご連絡ください。
出典
- Financial Closing cockpitは決算作業の計画・実行・監視・分析を支援/作業ごとに担当者・予定時間・先行作業を持つ/クリティカルパスと処理順序を図示するモニタ/S4COREの一部としてS/4HANAと一緒に提供:SAP Help Portal「SAP S/4HANA Financial Closing cockpit」
- 依存関係を設定すると、先行作業がエラーなく完了するまで後続作業の予定・実行ができない:SAP Help Portal「依存関係の定義」
- 会計期間のオープン・クローズを勘定タイプや勘定の範囲で分けられる/得意先・仕入先の勘定を総勘定元帳より先に締める例:SAP Help Portal「会計期間のオープンとクローズ」
- 仕訳の承認ワークフロー(提出・差し戻し・保留・承認と転記):SAP Help Portal「一般仕訳確認のワークフロー」
- 会社間取引を定期的に照合して差異をその都度解消し、月末に照合結果を承認に回して締める流れ(ICMR):SAP Help Portal「単体決算」
- 共有する管理領域の締めは財務会計の締めの完了後に実行できる/全会社コードの管理会計の締めを同時に行うことを推奨:SAP Help Portal「管理領域と会社コードの割当」
- 通期の決算発表は期末後45日以内が適当、30日以内がより望ましい:日本取引所グループ 上場会社向けナビゲーションシステム「決算短信」
- 購買発注の見越/繰延(購買発注明細から見越計上額を計算して総勘定元帳に自動転記する。使うには多くのカスタマイジングが必要):SAP Help Portal「購買発注の見越/繰延」
CONSULTATION
SAP導入・S/4HANA移行のご相談
延長保守か移行か、移行ならどの方式か。会計の設計まで含めて、方針を決める段階からご一緒します。SAP FI(財務会計)の導入と経営管理の設計を、同じ担当者が受け持ちます。
あわせて読みたい




